水車物語 ― ワタシハスイシャ ー


無形の民俗資料 記録「下野の水車習俗」(栃木県教育委員会)より上三川町坂上のクルマヤ
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僕の父は、平成21年、88歳の夏の朝、少し物を吐き「何か変だ」と言って横になり、
そのまま亡くなった。
僕はその知らせを実家から70キロ離れたT市の自宅で聞いた。僕がその知らせを聞
いて最初に思った事はその70キロの距離の事だった。もう、取り返しがきかないと か、
自動車でいけば2時間ちょっとだとかではない、もう少し抽象的な空間のことだった。
東京近郊にあるT市の清掃工場プラントのメンテナンスを仕事にしている僕は、夜
勤明けの冴えない頭でその父の死を知らせる電話を受け取った。
父の死はある程度覚悟しているところがあったので、比較的冷静に受け止めていた。
ただ何度も何度も死んだ時の状況を繰り返す兄嫁の言葉を聴きながら、僕は父の死と
それを受け止めている自分の間にある、大きくて広い洞窟のような空洞を感じていた。