−水車物語1−





   『水車物語』

 

                                                                                                                                         

 

1.亀と田中正造

 

関東平野が東京湾を基点にして北西に扇を広げたように広がり、その天の辺り、平地のどん突きに大平山という小さな山並みがある。東北ハイウェイを北に進む時、最初にくぐる山並みがその大平山と、それに続く唐沢山系の山々だ。背後には男体山を頂点とした日光連山が控えており、冬には真っ白になったその山塊から、平野に向かって一気に男体颪が吹いてくる。一方、大平山は冬でもほとんど雪を被らない、いたって穏やかな青い山である。旅のガイドブック式に書くなら「日光連山が厳しい父親なら、大平山はやさしく微笑んでくれる母である」となる筈だ。

 

 

 

   

  

       太平山                                     日光連山

 

 

 

  昭和20年代後半から30年代、僕が生まれて育った家は、この二連段になった山のふところから流れ出てくる川の水を利用した水車屋だった。僕の知っている上流からの川の名前を並べれば、最初に元々の栃木県の県庁所在地だった栃木市を流れてくる巴波川。その支流である与良川の流れを、初恋のキヨちゃんの住む下初田の亀の子堰で取り入れ、与良川下流の、そのまた枝流の荒川という小河川の水を利用した水車屋ということになる。巴波川の上流が何なのかは知らない。大平山のふもとが栃木市なのは知っていたが、山の向こう、その先の事には思いを馳せた事がなかった。

 


 

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