−水車物語3− しかし、僕らにとってはこのジャングルこそ王国だった。確かに手入れの行き届いた林は明るいし、下草もきれいに刈り取ってあり歩きやすい。第一、ヘビやヒキガエルを突然踏んづ
新荒川土手に懸かる橋(土橋跡) 橋上から見た新荒川(右手の水田辺りに水車はあった) けたりしないで済む。だけどそこには秘密基地は作れない。自分だけが知っているクワガタの集まる「クワガタの木」や「カブトムシの木」は無い。辿っていくと、とろろ芋が掘れる山芋の蔓は見つからない。そして迷路が無い。
僕はこの山で迷った事がある。小学校に上がる前の6歳か7歳の頃だ。大人たちに交じって山芋堀りに出掛けた時の事だから、季節は秋だったと思う。僕らは新荒川の土橋から土手を下流に30mほど行った所にある藪のトンネルを下りた。ここは土手側から里山への唯一の降り口だった。 「大将はここら辺に居て、たまに大声でホーイと怒鳴っとこれ、そしたら誰かがホーイと言うべよ、逆に俺らがホーイと言ったらホーイと言っとこれよ。」 そう言って大人たちは散り散りに山芋の蔓を探しに林の奥に入って行った。藪のトンネル下からは、まだ家の水車小屋が木の間に見えていた。土手下から荒川の川沿いに歩いていけば自分の居場所の見当が付いた。兄や村の友達とは何回か山に入った事があったからだ。川沿いに行けば大きなクルミの木があり、その横に僕らの秘密基地があった。僕はそこまでいってみようと思ったのだ。 「ホーイ」 「ホーイ」 夏を過ぎて2ヶ月も山に入らないと、誰かが通った跡は完全に分からなくなっていて、道はなかった。僕は水車小屋と川岸とを確認しながら前へ進んだ。 「ホーイ」 「ホーイ」 返事は遠かったが、まだ聞こえた。 そのまま、どの位藪と枯れ草を掻き分けただろう。大丈夫、このまま進めば大丈夫、と呪文のように自分に言い聞かせながら進んだ。けれど行けど進めど、クルミの木が見えて来ない。川の対岸は見えるけれど、もう振り向いても水車小屋は見えなくなっていた。 「ホーイ」 僕は心細くなって声を出した。 返事がなかった。 「ホーイ・・・」
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