−水車物語2−





余談だが、僕が東京に出てきてびっくりしたものが4つある。米とうなぎ、それにとろろ飯と巨人軍の長島選手だ。明らかにそれまで田舎で接していたものとは違ったのだ。長島選手はともかく、あとの三つの食べ物は僕には気が抜けていて違う食べ物になっていた。は今説明した通りの反対でぱさぱさ、とろろ飯も麦飯は米と同様ぱさぱさだし(麦は米よりもさらに搗くのに時間が掛かるが、機械との搗きあがりの差は、まるで別の食べ物かと思う位うまい)、それにとろろが水っぽく感じられたのだ。とろろに関して話せば、水車小屋の前に二つの川に挟まれた手入れのされていない荒れた里山があり、毎年山が枯れだすと村の人達と、がさ藪にとろろ芋(山芋)取りに出かけ、誰が一番長く、根の先まで折らずに掘り出せるかを競った。そして夕方、ランプの下で、掘ってきたとろろ芋を擂り鉢に入れ、すりこぎでごりごりと擂るのが僕の仕事だった。だし汁で少しずつのばしながら擂り鉢の縁いっぱいまで拵えた。幼い僕らは、兄も妹も僕もお腹をぱんぱんにさせながら、どんぶりで四杯も五杯も食べた。いくらでも食べられる気がした。お互いそれが可笑しくて笑いながら食べた。とろろご飯の夜は食べ疲れして眠ったのだ。


ついでにうなぎの話もしよう。

水車の周りにはうなぎがたくさんいる。夜、水路や回し水をするヨコテ脇水路に筌を仕掛けておくと色々な魚に交じりうなぎが獲れた。また、脇水路の先には水量調節の為の20m四方の溜池があり、その中に節をくり抜いた竹を沈めておくと中にうなぎが入る。まさにこれがうなぎの寝床だ。朝、網で竹の一方を塞ぎ、鉤棒でもう一方を引っ掛け、引き上げる。うなぎが獲れる。

うなぎは月や星を見て動く。月夜の晩には水車が星を散りばめる。それを目指してうなぎが川を上ってくるのだ。だから、うなぎを食べた夜は眠れない。いや、そんな話ではなく、冗談ではなく、うなぎを食べた夜は目がらんらんとして眠れないのだ。まな板に生きたうなぎを釘で打ち付けてサーッとナイフで切り裂いて開いていき、そのまま竹の串に刺し特製のタレをつけ蒲焼にする。蒲焼はうなぎの油でぎとぎとして、じゅうじゅうと汁が火に落ちる。一串食べただけで体がカッとなり、テカテカになる。そして力が漲るのだ。そういうのがうなぎだと思っていた。


今、僕は都会で食べる。とろろもうなぎも食べる。米も麦飯も食べる。お金を払って食べる。まずいなんて思わない。自分から慣らしたのか、慣らされたのか。涙と共にご飯を食べることを繰り返してヒトは変わっていくのだ、なんてね。長島さんには長生きしてほしい。―余談である。

 

 

                   

 

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