−水車物語2−




ただ、改めて思ったのだが、数キロの間に三軒の水車があったという事は水車屋稼業が繁盛していたという事なのだ。もともと洪水が出るような水田地帯は土地が肥沃なものだ。洪水のたびに山から流れてくる栄養分を大量に貰う為、段々と土地が肥えてゆく。実り豊かである。水車屋稼業は大忙し。ああ、あの地図はどこにいってしまったのか。

 訂正。

もともと土地が肥沃と勢いで書いてしまったが、地域一帯は関東ローム層といって火山灰が降り積もって出来た平野であり、庭木や植木などには適しているが、農作物にはあまり宜しくないのである。しかし、度重なる洪水で肥沃になっていったのは確かで、ここは今も昔も関東でも有数の稲作水田地帯であることには間違いが無い。洪水は地域にとって益するものでもあったのである。



そしてどうしてもここで言っておきたい事がある。僕が子供の頃、栃木の米は「ネコマタギ」と言われていた事があった。栃木の米はまずくてネコも食べずに跨いで通る、という意味だ。これは今で言う鉱毒事件の風評被害の名残だと思う。直接、鉱毒水を被った訳でもないのに、なんとなく地域一帯が鉱毒にやられている様な雰囲気があったという事だと思う。50年経っても一旦巷に埋め込まれたイメージは払拭できないのだ。子供の僕は訳も分からず、言葉が面白いものだからネコマタギネコマタギと連発していたら、病気で寝たきりの祖母がガバッと起き上がり「このバチアタリが!」と言った時はびっくりした。大人が本気で怒っている、これは言ってはいけない言葉なんだ、と気持ちがしんとした事を覚えている。勿論、分かっている人は居て、ここの水車米は最高だ。といって毎年冬になると東京からわざわざやってくる人も居た。一時、その人の紹介で新宿大久保の米屋に特別に出荷していた事があったと父に聞いた事がある。今なら糸井重里さんに名前をつけてもらって、水車米として大いに売り出すところだ。


 

水車米は「なめっこくてうんまい」と言われている。高速精米機に比べ能率は遙に悪いのだが、時間をかけて精米する分、米が焼けないで油っこくなり、米が変質しない。杵搗きで一度出た糠の油が再び米に戻るので「なめっこい」。米のうま味のでんぷんが熱で変質しないので「うんまい」のだ。これは勿論、後付知識で、実は米のうまいまずいなど子供の僕は考えた事もなかった。農繁期や精米時期は家の者は忙しくて自然と三度のご飯もありあわせのものになる。塩むすびや味噌むすびとせいぜい漬物があるくらいだった。けれど、これで嫌だったとか、もっと何かないのかと思った事は一度も無かった。食べ盛りの子供がこれで満足して二個も三個も食べたのだ。「うんまい」証拠だ。

 

 

 

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