毎日付き合っているのに案外見過ごしがちなのが『床』。ダンスファンにとって床は空気のような存在かもしれない。そんな床についてダンスフロアの専門家として少しだけ話をさせて頂きます。音楽、パートナーに並んでダンスに欠かせない床。昨日まで何気なく見ていた床を、今日からじっくりと眺めてみるのもいいかもしれません。
無垢材(ムク材)と合板でこんなに違う
私はいろいろなフロアを見てきました。ダンス教室の床はほとんどが板張り。フロアの違いは、要するに床板の種類の違いだといえます。フロアの材質は、大まかに分けて、ムク材(天然の板)と合板に分かれます。ムク材のフローリングには、一般的に幅75〜90o、厚さがだいたい15oくらいの堅木が使われます。合板というのは、板のいちばん上につき板が貼ってあるものですが、この厚みは数o単位で種類も豊富にあります。いずれにしても糊で貼られているものなので、長持ちはしません。合板のいいところは、表面にいろいろな木目が出せるので、カラフルできれいだということです。
しかし合板の場合、問題になるのは、そのほとんどが表面にウレタン塗装がしてあることが多いということです。このウレタン塗装は、ダンスシューズの革となじまず、滑ったり又滑らなかったりするのです。スポーツとしてダンスを踊る場合、このような悪い床では、足の関節や膝を痛めることになりますから最悪の条件だといえます。
合板の場合、ウレタン塗装をせずにワックスを塗るという方法もあるのですが、これだと耐久力が弱くなるという欠点があります。合板の表面が剥がれてくると、デコボコができるというだけでなく、手をついたり膝をついたりしたときに、ケガをする危険性があるのです。
もっともフローリングに適しているのは、堅木のムク材ですが、高価なイメージがあるのと、施工するのに非常に手間がかかることから、なかなか使われないというのが現状のようです。
体育館がダンスに適さないのは
体育館では、一般にブナやカバ、ナラなど、普通の堅めの材料を使っています。最近では合板が使われる場合もあるようですが。しかし問題は、本来体育館はゴム底の運動靴を履くことを原則としてつくられているということです。革の硬い靴底では、どうしても跡がついてしまうのです。殊に女性のヒールは強くプッシュされてしまいます。
特にスピンをするとき、ヒールターンすると、どうしてもウレタン塗装はそこだけ痛んできてしまうのです。キズがはっきり目に見えるほど痛みます。
それと体育館は、普通1階で地盤に接近してますから、どうしても湿気があるわけで、それもフローリングが軟らかくなる一因といえると思います。
いずれにせよ、公共の施設ですから、キズがついたときの補修など、いろいろ問題があります。そんなわけで、体育館はではどこでも、ダンスに貸すのはいやがるわけです
理想的なフローリングの方法
ダンスフロアのフローリングに最も適した材質はというと、サクラ、アサダの赤、カバ(白樺)、イタヤ(カエデ・モミジ)といった堅い材料です。それも北海道のように寒いところで育った木が最適です。寒いところの材質というのは、成長に非常に時間がかかっています。ですから、材質は堅く締まっていますし、切った表面はとてもなめらかなのです。それから問題は施工方法です。まず、フローリングに使う材料は、完全に乾燥していなければなりません。木材は湿気があると、どうしても膨張します。膨張したままでフローリングを張ると五年、十年たつうちに板が乾燥して縮み、隙間があいてきてしまうのです。
また、床の構造にも細かい気配りが必要です。社交ダンスの場合、二人で踊っても、4本の足が2本に見えるのが最も好ましいわけで、その一つになった二人の足は、小さな30p角の中に、少なくとも100sの力を加えています。しかもタンゴやパソドブレのように、力強く床を踏むと、はるかに大きい力が加わっているでしょう。
そのため、クッションもある程度必要ですが、耐久力を高めるために、根太の間隔は、一般のフローリングよりももっと縮めたほうがいいといえます。
フローリングに打つ釘も、普通のものより細いものを使うようにして、強度を補うために接着剤は多めに使用します。釘は、さねはぎの部分に打つので、太い釘を使うと割れやすくなるのです。
いったん床を組んでしまうと、中で割れていても、表面からはわかりません。万一、中で割れていたら、何年か使用している間に、その部分が浮き上がり、ついには表面まで割れてくることになります。そのようなことを防ぐために、こんな細かいところにも気を配るわけです。
まだダンスフロア工事を始めたばかりの頃(40年以上前)に、元全日本モダンチャンピオンの先生の教室の床を桜材で張ったのですが、その施工にはかなり神経を使いました。教室には、先生が10組(20人)以上いますし、常に教室のいたるところで踊っているわけです。それだけ休みなく床を酷使しているので、長く持たせるには、かなりの耐久性が要求されました。
耐久年数といえば、普通のダンスフロアはだいたい10年くらいです。前にも述べたように、床材は年を経るとともに痩せていきます。板と板の隙間があくと、女性のヒールが引っかかるくらいになります。さらに、さねはぎになった部分が離れていきますから、そこから割れてくるのです。そうなるともう寿命です。
よく、部分的に補修しているフロアを見かけますが、フローリングは全体が組み合わさってできているものですから、なかなか補修はきくものではありません。それだけに、最初からきちんと、隙間があかないように作ることがいかに大切か、おわかりでしょう。
フロアの寿命に関して付け加えておけば、一般の家庭用に使われている合板の床板では、一年か二年しか持ちません。ちょっとキズをつけても、ヒールなどに引っかかって、簡単に剥がれてしまいます。ですから、家庭用の床板の上でダンスを踊るのは非常に危険だと思います。
床は何も答えてくれないが
ダンスには、どうしても必要なものが三つあると思います。まず音楽。それとパートナー。そしてダンスの床です。この三つの条件が揃ってこそ、いいダンスができるのです。
ダンスをする人は、どうしてもパートナーとか、音楽とか、ドレスだとかに一生懸命になってしまいますが、もっと床にも気を配ってもらいたいものです。
ホテルや公共施設で使っている床はいろいろな条件があるところなので、ぜいたくをいうことはできません。しかし、自分の教室を持っている人なら、いい材料を使い、いい施工のもとで造って、もっと楽しく踊れるフロアがつくれると思うのです。手間はかかりますが、普通の施工と比べてそれほど余計にお金がかかるものではありませんから。
毎日毎日のレッスンの中で、常に付き合っていかなくてはいけないのが床です。床は何も答えてくれませんが、趣味と健康を目的に踊るダンスファンでも、床との相性がいいと、体のバランスにもいいし、うまく、楽しく踊ることができます。
もちろん、もともとの床のつくりだけでなく、手入れにも気を配ってもらいたいもの。
経験上、最も好ましい手入れの方法としては、まず素地の床板の上に専用の油性ワックスを塗ります。これを何回か塗り重ねて、十分に浸透させた上にロウ(パラフィン)を使うのです。こうすれば、自然なツヤがあって美しい上に、ロウと靴底がなじんで滑りがよく、一層ダンスに適した床板ができます。油性ワックスはウレタン塗装の床には塗れません、またパラフィンはウレタン塗装の上に使ってもあまり意味がありませんしゴミや塵が出るだけです。素地のままの板の上に塗るからこそ効果が出てくるのです。
私はダンスや日舞の床に興味があって、ずいぶんダンスフロアもつくってきましたが、そもそも本業は建設業です。ダンスフロアは半ば趣味でつくっていた様なものでしたが、今では趣味が高じて本業になりました。
うちは、フロア材には北海道産の堅木をよく使ってますが、ダンスの盛んな欧米でも、国産のフロア材はいいということで引き合いがあるくらいです。こういう良質なフローリングを使って、みなさんにいいステップを踏んでもらいたいと願っています。
ダンスフロア(FAQ)
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【よくある質問】
ダンスの床はなぜ桜の無垢材?
Q.「うちの床は桜材です」と宣伝しているダンスホールや練習場が多いですが、どうしてダンスの床には桜材がいいんでしょうか?
A.ダンスは革靴で踊るものですよね。革靴を履いて踊るということは、床をすごく酷使することになるんです。その酷使に耐えるには当然硬く磨耗しにくいものでなければならないし、スムーズなフットワークのためには、なめらかさも必要です。その条件を完璧に備えているものが桜のムク材(合板などではない天然材)なのです。
まず、ひとくちに桜といっても30数種類もあって、床に使える種類の桜はそのうちのごく一部です。吉野桜など私たちがふだん目にする花見の桜は、幹がゴツゴツしていてヤニが多いでしょう。建築材、ましてや床材には向かないんです。しかしごく一部の厳寒の地に育つ種類に限っては、ダンスの床に格好の素材なんです。成長が遅いぶん中身が凝縮されて密度が非常に高いのがこの桜材の特徴です。表面にサンダー(研磨)をかけてみるとわかりますが、目がつまっているのでザラザラしないでなめらか。重く硬く伸縮性が低いのも床材に向いています。うちでは少量ながら北海道から供給していますが、今ではほとんどが輸入材です。
Q.他によく使われる床材というと?
A.樺(カバ)ですね。これをカバザクラなどと称しているケースもありますが、桜はバラ科で樺はカバノキ科、まったく別物。
「うちの床は桜材です」と宣伝している所のほとんどがこのケース、でも硬さやなめらかさは桜に近いので、ムクの樺材であれば充分いい床だと思いますよ。ただし外側と芯材では硬さが違います。外側は柔らかくて磨耗しやすいので、芯に近い硬い部分を使わなくてはダメですが。
Q.最高級の床材を張れば、必ず踊りやすい床ができるものでしょうか?
A.仕上げと手入れも重要です。うちでは無塗装のまま油性ワックスをかけてじっくり浸透させていきます。素材の良さを生かすためには、塗装はしないのがベストだと思います。素地のままだから油分をしっかり吸収するし、傷もつかないからヒールカバーなんか要らないんですよ。ヒールでこすって傷がつくようじゃダンスの床じゃないんです。
無塗装の床には定期的なワックスがけが必要です。女性がクリームをつけるみたいに時々油分でお手入れしなくてはならない。最初の1年目は最低6回位は必要で、それから徐々に回数を減らしていって3年後には年に2回位ワックスを浸透させつつ、たえず靴底で摩擦していくと、5年から10年たって最高の状態に仕上がっていきます。
Q.塗装してある床は、ピカピカしているので一目でわかりますね。
A.カタログ市販の家庭用床材は安価で作業効率がよく見栄えはしますがツルツルすべって踊りづらく、しかも表面は数分の1ミリの薄さの張り物なので素足やスリッパならともかく、ダンスシューズではすぐ剥がれてきてしまいます。たとえムク材でも、公共施設や体育館ではゴム底の運動靴用に塗装して且つ水性ワックスをかけているため、ダンスの靴ではとてもすべりりやすく踊っていても疲れます。また塗装した上に油性ワックスをかけている場合もありますが、まったく浸透性がなくベタベタして、無理に踊っても足腰を痛める恐れがあります。
Q.踊り手にとって理想の床とは?
A.ベタベタでもツルツルでもない、『しっとり感』のある床、適度な摩擦と適度な滑りやすさを兼ね備えた、ダンスシューズと相性のいい床ですね。最近は老いも若きもスポーツダンスの時代ですから、どこの床が踊りやすいか気にする人も増えて当然です。ダンス界の技術はますますレベルアップし個々の練習量も増えており、それに伴う足腰や膝の負担をやわらげ持続力を保つのが課題となっています。いかに心地よい疲れで踊れるか、疲れから早く回復するか、床の良し悪しが大きく左右すると思いますよ。
Q.施工上の注意点は?
A.ダンス専用フロアーを作る場合に重要なことは、ダンスの種類、建物の形状、立地によって大きく変わってくること、そして1日中働くスタッフと床への負担を考慮するのも大切です。たとえばビルの場合には天井の高さがほしいとか、外部施設に対しての配慮で防音対策をするとか、新築でも地下や1階だと湿気対策を考えなければなりません。
ダンスの種類も床の質によって踊りが左右されるものも少なくありません。決してデザイン性だけの問題ではない空間を実現させなければならないのです。当社には、専門家に相談せずに設計施工された施設からの苦情処理や、同業者や設計事務所からの問い合わせも意外に多く、後から改修されているところも少なくありません。開業後の改修では、コストがかかるだけではなく、後からでは十分な対策がとれないケースが多く、工事期間中の使用もできなくなり大損害となるのです。
また、市販の乾式二重床を使用する場合、コストの面や天井高が必要となることはもちろん、施工方法を間違えると何年かして床が波を打ったりし問題となる可能性もありますので十分な注意が必要です。
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