かくれ家




 すでに夜だった。
 ぼくら四人は、築二十五年のおじいさんの家を見つめていた。
 二階建ての和洋折衷の一戸建てだ。屋根は茶色の洋風のかわらだが、いまは暗くてよく見えない。垣根のむこうの庭は、おじいさんの趣味を反映していて広く、地面に窓からもれた明かりがさしていた。
 こうしていてもしかたがない。おねえちゃんは音がしないようにドアを開けて、ぼくらを手まねきした。そのまま全員で二階にあがろうとしたときだった。
「帰ったの?」
 台所のほうからお母さんの声が聞こえた。ぼくらはビクッとからだをふるわせた。だが、もっとおどろいたのはその次だった。
「チャコ! この不良めが! 遊び歩くのはいいが、弟を連れ歩くんじゃない! ケンジを巻きこむな!」
 うわっ、すぐそこの居間におじいさんがいる。おねえちゃんは、あんまりびっくりしてかべにはりついたままだ。
「おねえちゃん。こうなったら……。」
「そ、そうか。それでいくわ。」
 おねえちゃんは深呼吸して、つとめて明るい声を出した。
「はい、はい、いま帰りましたあ。ケンジもねー。」
 ぼくら四人は階段をのぼった。もう静かにのぼってもしかたがない。
「人数をごまかさなきゃ。」
「わざと音をたてて、足並みそろえてのぼるのよ。」
 おねえちゃんの合図で、いち、にっ、いち、に、と四人は階段をのぼった。登りきったところで下から声が聞こえた。
「うちの階段、あんなに長かったかな?」
 階段をのぼったら、ぼくの部屋のよこを通り、つきあたりがおねえちゃんの部屋だ。せまい部屋だが、とりあえず、ぼくらはそこに避難した。
「わっ、レイコ。あたしのスカートに腰かけないでよ。」
「あら失礼。」
 天音さんがおねえちゃんのイスからベッドに移動した。
「レイコってば、あたしのトレーナーの上に……。」
「ええい。どこに座ればいいのよ。」
 おねえちゃんの部屋はどこもかしこも衣類で散らかっている。毎朝、何を着ていくかで、とっかえひっかえしていくうえに、自分でかたづけるなんてことはほとんどしない。
 ぼくはベッドの上をかたづけて、天音さんとマリキットを座らせた。さて、これからどうするべきか。
「ちょっとケンジ。」
 おねえちゃんが、ぼくをろうかにひっぱりだした。
「この状況をなんとかしなくちゃいけないわ。」
 なんとかしろったって、どうすればいいんだ。ろうかの反対のふすまを開ければ、広びろとした茶室があるけれど、そこはおじいさんのお気に入りの場所だ。
 その時、ぼくの口からあの神聖な音声がもれだした。
「オーーーーーーーン……。」
 おねえちゃんの胸の”カウストゥバ”が緑色に光った。
「シッディ・マハー・シッディ……、タット・トゥバム・アシ・ハレー・ヴィシュヴァカルマン(建築の神)!」
 地震のようにゆかがゆれたような気がした。空間がゆがむ感覚が二度、三度してから、おねえちゃんもぼくもわれにかえった。
 階段の下からテレビの音が聞こえ、ぼうっとしたあかりがろうかを照らしている。
「なに? なんなのよ。いまのは。」
「さあ……。」
 ぼくがそういいかけたとたん、おねえちゃんが声をあげた。
「ああっ!」
「おねえちゃん、声が大きい。」
「見て! これ!」
 目のまえに見知らぬドアがあった。本だなぐらいの小さなドアだ。ぼくはこんなドアは知らない。すぐ左がぼくの部屋だし、すぐ右、つきあたりがおねえちゃんのへやだ。この小さなドアの場所には、ぼくの部屋とおねえちゃんの部屋をしきるかべがあるはずだった。
「開けるよ。」
 おねえちゃんは、ごくりとつばを飲みこみながら、その小さなドアを開けた。
 ドアをくぐると、そこは奇妙な空間だった。
 石でできたゆかに、赤い複雑な模様のじゅうたんがしいてある。正面には出窓があり、両側のかべには、深い森林とヒマラヤみたいな雪山の絵がえがかれている。天井には長くてうすい布が、二重、三重に交差しており、ところどころから金色の鎖にぶらさがってランプがのぞいていた。全体に派手で、なんというか――
「三軒茶屋のカレーショップみたい。」
 おねえちゃんがバッサリといった。
 ベッドというより寝台といったほうがふさわしいものが、部屋の三分の一を占めている。これなら泊まれそうだ。
 さっそく天音さんたちをこの部屋に連れてきた。マリキットの表情は変わらないが、天音さんのほうはあっけにとられている。
「なんなのよ、これ? こんな部屋がある家には見えなかったけど。」
 そのことばでぼくは気がついた。
「おねえちゃん。確かめておかなきゃならないことがあるよ。窓のそとを見てみてよ。」
 おねえちゃんは、両側に神殿のような柱がついている小さな出窓を開いた。
「見たけど……別に、普通のけしきだよ。」
 そこでぼくはおねえちゃんをつれ、階段を下りて家の外に出た。
「見てよ。おねえちゃん。」
「あっ、ない!」
 そうなのだ。外から見ると、ぼくの部屋の窓とおねえちゃんの部屋の窓しか見えないのだ。
「これ、どういうこと?」
「理屈なんかわからないよ。」
「とにかく都合がいいってことね。」
「都合?」
「ケンジ。よく聞きなさい。」
 おねえちゃんがまじめくさった顔をした。
「ハギビスさんからすぐに連絡がくるとは思えないの。あたしはあのふたりを、何日でもこの家にかくまうつもりよ。じいさんに絶対ないしょで。」
「ないしょで? できるかな。」
「やるのよ。」
 おねえちゃんは決然としていった。
 最初のピンチは夕食時におとずれた。
 おねえちゃんは、わざとらしくお母さんを手伝って、夕飯のおかずをこっそりタッパーに入れることに成功した。さらにパンを何個かくすね、ペットボトルのウーロン茶を持って、二階へ上がろうとした。
 ところがおじいさんがついてくるのだ!
「あれ? 夜に二階へ行くなんてめずらしいね。」
 おねえちゃんは、できるだけ平静をよそおって聞いた。
「フン。自分の家でどこへ行こうとわしの勝手だ。」
 階段をずんずんついてくる。足腰は弱ってないらしい。二階のろうかで、おねえちゃんがうろうろしていると、おじいさんが不審がった。
「なぜ、部屋にはいらん?」
「いっしょに勉強するの。」
 おねえちゃんはウソをついて、ぼくの部屋にもぐりこんだ。
 ぼくらはドアのすきまから、おじいさんの様子をうかがった。おじいさんは例の小さなドアを見て、ちょっと首をかしげていたが、ふすまを開けてそのまま茶室に入っていった。
「何をしてんのかな。じいさん。」
 おねえちゃんは動きようがなくなってじりじりしている。
「きっと書道だよ。」
 おじいさんにはそんな趣味があり、コンクールで入賞したこともある。
 一時間ほどしてから、おじいさんが出てきた。また例の小さなドアを見て、ちょっと首をかしげてから下へおりていった。
 足音を確認してからぼくらは例の部屋に飛びこんだ。
「おっそーい。もう、おなかぺこぺこよ。」
 天音さんが不満をいった。
「こっちにはこっちの事情があんのよ。」
 おねえちゃんは、ぜーはーいっている。
 天音さんたちが食事しているのを見ながら、おねえちゃんはさっきのことを話題にした。
「入り口が問題だよね。」
「ドアが一つふえていても、あんがい気づかないもんだと思ったけど、いつまでもつか。」
「それよ。」
 カモフラージュが必要だということになって、ぼくの本だなを利用することにした。本だなには、『少年少女世界名作全集』がずらりと入っている。それを一冊ずつとりだし、本体と紙箱のケースに分ける。そしてケースだけもとのように本だなにおさめるのだ。
 おねえちゃんとぼくは、軽くなった本だなを、例のドアの前まではこんだ。ちょっと見ると、重たい文学全集のならんだ本だなが置いてあるようにみえるが、じっさいは中身がからなので、片手でも動かすことができた。例の部屋のドアは内びらきなので、ドアを引いて開けてから、本だなをずらして外に出ることもできた。
 これ以後、パパやお母さんやおじいさんに、なぜこんなものをろうかに置いたんだと聞かれたが、おねえちゃんはそのたびに答えたものだ。
「あたし、なんか最近、ブンガクに目覚めちゃってー。あたしも自由に読めるようにろうかに置いてもらったのよ。」
 調子よさそうな返事だが、おねえちゃんの内心はどきどきだったろう。一冊とりだされたら、中身がないことがばれてしまうのだから。



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