何がなんだか




 その店は、あやしげなビデオテープがびっしりとならんでいた。
 店長が一番おくのカウンターにいた。頭を坊主にしてサングラスをかけているので、ちょっと見にはこわいが、本当は気さくな人だ。
「よお、ケンジじゃないの。ひさしぶり。またアニメのフランス語バージョンでも探しにきたか?」
 おねえちゃんが、けいべつのまなざしでぼくを見た。
「あんた、だんだんパパに似てきたね。」
 痛いところをつかれてしまった。パパはすじがね入りのオタクなのだ。
「シャーリー・チャーチねえ……、人気があったのはけっこう前だからなあ。どんな話なの?」
「えーとねえ、シャーリーが大富豪の令嬢役で、貧しい美少年と恋愛するの。周囲の反対を押し切ってかけおちして、小さな教会で結婚式をあげて、愛を語り合うとかそんな話。」
「そんな話あったかなあ?」
 テーブルの上に三本のビデオテープを置いて、タイトルやあらすじらしき文章を、店長は熱心に読んでいた。もちろん英語だ。
「これが一番近いかな。」
 指さされたビデオテープには、シャーリー・チャーチが両手をしばられて、太った男に銃でおどされている写真があった。
「でもこれはサスペンスだな。シャーリーは富豪の娘で、いちおう貧しい美少年がでてくるらしいけど。どうするね?」
「観てから決めるってわけにはいけないの?」
「うちはレンタルビデオ屋じゃないからね。」
 店長はしぶい顔をしている。
 しばらく悩んだすえ、おねえちゃんはそのビデオを買うことにきめた。幸いたいした値段ではなかったが、それでも千五百円した。
「ケンジ。出しといて。」
「えーっ?」
 こんな時、おねえちゃんにさからってもしかたがない。きっとかえすと約束をとりつけて、ぼくは千五百円出した。店長がサングラスのおくで同情に満ちた目をしているのがわかった。
「これでレイコについて何かわかるかも知れない。」
 おねえちゃんは、めずらしく難しい顔をしていった。
 家に帰るとさっそくおねえちゃんはビデオにかじりついた。しかし、いかんせんセリフはすべて英語だ。ちんぷんかんぷんで全くつまらない。富豪のシャーリーが誘拐されて、貧しい美少年探偵が捜査する話らしいが、わかるのはそれだけだ。
「ケンジ、ケンジ!」
 おねえちゃんがぼくをよぶ。不吉な声だ。
「あんた、続き見てくんない。」
 ひえーっ、冗談ではない。
「レイコが出てきたら教えて。あたし勉強があるから。」
 おねえちゃんが勉強なんかするわけがない。ぼくは知っている。おねえちゃんは教科書もノートも学校のつくえの中に置きっぱなしにしているのだ。「オキベン」というらしい。おねえちゃんの友だちのあいだで流行っているけれど、小学生のぼくには信じられないことだ。
「やだよっ。おねえちゃんが、調べたがったんだから、おねえちゃんが見るべきだ。それより、千五百円かえしてよ。」
 おねえちゃんは黙りこんだ。
 二時間後、ぼくはおねえちゃんの声で呼び出された。
「ケンジ、ケンジっ。」
 ぼくが画面をのぞきこむと、事件が解決したところだった。美少年は犯人に撃たれて、シャーリーの腕の中で死んでいく。そのふたりのバックで警官が小さな女の子に聞きこみしているのが見えた。それが天音レイコに似ている。
 充血した目でおねえちゃんは喜んだ。
「やった、やった、確かにレイコだよ。お金がむだにならずにすんだよーっ!」
 お金を出したのはぼくなのだが、それはともかく、本当に天音レイコだろうか? 似てはいるけど小さくてわからない。
 次の日、登校のときに、おねえちゃんとぼくは天音レイコをさがした。すぐに見つかった。あいかわらず、とりまきに囲まれている。
「レイコ。これ。」
 おねえちゃんはカバンからビデオをとり出した。
「わかんない? あんたが出てた映画よ。」
 この時、天音レイコはとてもへんな顔をした。一瞬、ぽかんとして、それから、しらーっとビデオを見つめた。ややあってわれにかえり、あの魅力的なうれしそうな顔を見せた。
「ええっ、そうなの? どこで見つけたの?」
「こういうものをあつかってるカルトなビデオ屋よ。こいつが知ってたの。」
 そういっておねえちゃんはぼくの頭をぐりぐりとした。痛いぞ。
「そう、ありがとう。ケンジ君。」
 天音レイコは美しい顔をぼくに近づけたが、ぼくにはなんだか、目が笑っていないような気がした。


 おねえちゃんは最初の目的を忘れていた。
 今や、天音レイコの話を聞くのに夢中なのだ。
「レイコのお父さんはね、なんか外国人らしいよ。」
「天音さんってハーフだったのか。」
「そうなのよ。かっこいいなあ。」
 ある時おねえちゃんは、夜中になっても帰ってこなかった。おねえちゃんの夜遊びは、めずらしいことじゃないが、その日は家に電話があった。わざわざぼくにだ。
「あ、ケンジ君? わたし、天音レイコよ。チャコが動けなくなっちゃったの。むかえにきてくれない?」
「動けなくなったって、どういうこと?」
「来ればわかるわ。うふふ……。」
 ぼくは自転車で教えられた場所に行ってみた。下北沢のライブハウス『天井裏』だ。おねえちゃんは、かべによりかかって座りこんでいた。寝ているらしい。ぼくは店の人に事情を聞いた。
「その子なら友だちとふたりで来てたんだけど、カクテルで酔っぱらったみたいだね。友だち? どっか行っちゃったよ。」
 置き去りにして帰るなんてひどい話だ。とにかくタクシーにおねえちゃんを乗せて、ぼくらは家に帰った。明日、自転車をとりにもどらなくてはならない。
 家に着いてからが問題だった。近くの公園で酔い覚ましさせようと、えっちらおっちら、裏の緑道に運んだ。
 ベンチに横たわったおねえちゃんは、へんな寝言をいった。
「こらあ、レイコ! はくじょうしろ! あんたあたしとおんなじ……。」
 むにゃむにゃといいながら、横をむいて寝息を立てたおねえちゃんを見ながら、ぼくはこのへんが潮時なんじゃないかと考えていた。


「レイコって、かわいそうだよ。」
「どこが?」
「清里のサナトリウムで知り合った男の子のことが、どうしても忘れられないんだって。あっ、サナトリウムって、病院だよ。療養所のことだよ。知ってた?」
「知ってるよ。」
「だから、いい寄ってくるオトコはいっぱいいるけれど、ボーイフレンドも恋人も作らないんだって。」
「サナトリウムの男の子って、神の存在がどうとか……。」
「そう。その子よ。なんとか見つけらんないかなあ。」
 おねえちゃんは、しおらしい表情でこまったような悲しそうな顔をした。あれから何日たったか、全然おねえちゃんらしくない!
「おねえちゃん!」
「はい?」
 おねえちゃんは、ピョコタンとリビングのソファーに正座した。
「天音さんのこと、好きなの?」
「へ?」
「どうなの?」
「な、な、な、何いってるのよ、あんたは……。」
 おねえちゃんは、アウアウいいながら、テーブルの上のコーラに手をのばした。
「恋しちゃったの?」
 その瞬間、おねえちゃんはブーーーーッと水鉄砲のようにコーラを吹いた。
「げほっ、げほっ、げほっ……あ、あんたねー、なんてことを、げほっ……。」
「おかしいよ、おねえちゃん。もう天音さんにはかかわらないほうがいい。」
「でも、でもあの時レイコはいったんだよ。マリキットを助けたのはあたしたちだって。あたしがレイコと同じものを持ってるって……。」
「マリキットって誰?」
「レイコの妹よ。そういう名前なの。」
「そうなんだ。でも、おねえちゃん、気がついてないみたいだけど、あの時は、ぼくたちふたりともススだらけだったんだよ。当てずっぽうで、ぼくたちが助けたと思ったんじゃないの?」
「あ…………。」
 おねえちゃんの表情が、はたと動かなくなった。まったく思ってもいなかったらしい。
「それからね、おねえちゃん。清里のサナトリウムがどうとかって話だけど、ぼくもインターネットで調べてみたんだ。療養所ってもうないんだ。どこにでもある普通の病院になっちゃってるんだよ。」
「えーーーっ! じゃ、じゃあ、レイコがウソをついてるってこと?」
「そうなるよ。」
「でも、あたしと同じものを持ってるって……。」
「確かにそれはまだよくわからないけど……。」
 そうして、おねえちゃんは元気がなくなった。これはめずらしいことだ。家の中が静かになっていいが、食事の席が暗いのもいやだ。おねえちゃんは、むっつりとだまりこみ、天音レイコにもらった例のバグダラヤの指輪をもてあそんでいる。
 それを背後から、お母さんがみつめていた。ちょっと心配そうな顔だ。おねえちゃんの変化に気づいているのだろうか。どうでもいいことだが、うちではパパはパパだが、お母さんはお母さんとよばれている。
「チャコ。それどうしたの? なつかしいもの持ってるわね。」
 お母さんが、会話の糸口をさぐるように話しかけた。
「えっ、この指輪、知ってんの?」
「そうねえ。わたしが子どものころ、縁日の夜店でよく売ってたわ。今でもあるんじゃないかしら。」
 おねえちゃんは、信じられないという顔で固まってしまった。
「チャコ? どうしたのチャコ?」
 ショックで放心状態のおねえちゃんは、目が死んでうごかなかった。



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