おねえちゃん、さぐる




 次の日の朝、おねえちゃんは誰にも起こされずに、リビングに出てきた。
 顔を洗い、ささっと軽くメイクをして、食卓のトーストにかじりついた。なんか、普通のことみたいだけども、それは違う。
「おねえちゃん。今日はなんか、その、あっさりしてるね。」
「あ、これ?」
 おねえちゃんは、自分の顔を指さした。
 いつものおねえちゃんは、絶対に自分では起きられない。
 そして、鏡にむかってる時間が、やたら長い。よく知らないけど、ファンデーションだ、マスカラだ、チークに口紅と、とにかくゴテゴテと顔を描く。
 さらにその上、髪形が決まらないといって、いつまでも頭をあっちいじり、こっちいじりしていて遅刻する。
 そういう、だらしなくケバい中学一年生が、ぼくの姉なのだ。
「考えがあるの。今日は早めにガッコ行かなきゃ。」
 ぼくとおねえちゃんは、めずらしく一緒に家を出た。
 中学校と小学校はとなりあってるから、自然に同じ道になる。
 おねえちゃんは、通学している中学生たちに、きょろきょろと目を走らせていたが、ある集団を見つけると、つ、つ〜〜っと近よって行った。
「いるいる。」
 確かにきのうの美少女だ。何人かにかこまれながら、優雅にあるいている。
 イケメンの男子生徒が何かいうと、天音レイコはおもしろそうに笑った。それはいかにもお嬢様といった感じだった。
「気に食わん。」
 ふたりの声が同時にした。ぼくはあれ? と思った。ひとりはおねえちゃんだが、もうひとりはななめ後ろから聞こえた。
 見ると、メガネに三つあみの、マンガの委員長みたいな女子中学生が、おっかない顔で天音レイコをにらんでいる。
「どうしたんですか?」
 なんとなくぼくは聞いてみた。
「あの女、だれかれかまわず口先でたぶらかすのよ。いつか化けの皮をひんむいてやるわ。」
 委員長さん(?)は、自分に誓うように話すのだった。ぼくはなんだかこわくなった。
 おねえちゃんは気にしてないらしい。突然、手を上げて、奇怪な行動に出た。
「おっはよう、天音さん!」
 元気よくあいさつして、取り巻きをかきわけながら、ずんずん天音レイコに近づいていく。
 天音レイコは一瞬、あっけにとられた顔をしたが、すぐにきりりとした油断のない表情になり、笑みさえうかべた。
「おはよう。きのうはありがとう。」
 そして何事か話しながら、ふたりっきりで、どんどん先に行ってしまった。
 とり残された人たちから、ちらほらと疑惑の声がもれていた。
「あの人、月波久子でしょ。」
「チャコだ。チャコ。」
「天音さんとどういう関係なの。」
 関係も何もぼくにはわかる。おねえちゃんは聞き出すつもりなのだ。天音レイコがおねえちゃんと同じ『ちから』を持ってるかどうか。それから――、それからどうするつもりなんだろう???


 帰り道、ぼくはたまたまおねえちゃんを見かけたのだが、声をかけようとして思いとどまった。また、天音レイコといっしょなのだ。そこで後ろからそっと近づくことにした。
「それから、それからレイコ、どうなったの?」
「残念だったけど、オーディションには落ちちゃったわ。」
「ああ〜〜。」
 おねえちゃんは残念そうに肩を落とした。
「でもね、チャコ。監督さんが気に入ってくれて、エキストラみたいな、小さな役をもらったわ。」
「出演したの!?」
「そう。」
「すっごーい!」
「画面のはしっこにほんのちょっとよ。」
「でも、すごいよお!」
 ぼくは会話について行けなかった。ふたりの関係はどうなっちゃったんだろう。
「あなたもカメラテストを受けてみるといいわよ。おもしろい個性があるもの。」
「あたしがあ?」
「受けるだけでも、いいことあるわよ。ほら、これ。」
 彼女は胸のポケットから銀色のシャーペンを出した。
「それなに?」
「わからない? 純銀製よ。カメラテストの記念にもらったの。」
「銀!」
 おねえちゃんがコーフンしてきた。光り物に弱いのだ。
 それから天音レイコは、カバンやポケットから、いろいろとめずらしいものをとりだしておねえちゃんをコーフンさせた。黒真珠の指輪だの、純金製のネックレスだの、日本では知られていない一流ブランドのポーチだのだ。
「お金持ちなんだねえ。」
 おねえちゃんがため息をつくと、天音さんは、つまんなさそうに髪をかきあげた。
「私の家が金持ちなんじゃなく、母の実家が名門で古い家柄らしいの。そこで私になんだかんだと物をくれるわけ。私もくわしくは知らないけれど、母の家は、この国を動かせるほどの力がある名家らしいわ。毎年誕生日には、かかえきれないほどのプレゼントを贈ってくるのよ。」
「でも幸せだよぉ。」
 おねえちゃんは物をもらえると幸せなのだ。
「でもないわ。私、数年前まで清里のサナトリウムにいたの。」
 天音レイコの顔がくもった。なんだか遠い日の、悲しい日々を思い出しているような表情でつづけた。
「難しい病気でね……。ううん。いまはだいじょうぶ。でもあのころのことは忘れられないわ。」
 おねえちゃんが悩んでいる。きっと、”サナトリウム”ってなんなのか知らないのだろう。
 そこはせきばらいしてごまかした。
「で、何があったの?」
「いろいろとね。規則正しいというと聞こえはいいけど、毎日が単調な生活だった。なんにも面白いことがなくって、世間のこともわからないの。そんな時、ある男の子と出会ったわ。不思議な少年だった。」
「美少年?」
 おねえちゃんは、そこが大事と力強くきいた。
「そういっていいわね。いつも悲しみをおびた表情をしていて、世の中の罪悪は自分のせいだと思っているようなところがあった。でも、世界について語りあうには最高の相手だったわ。私たちはこの世の中の摂理《せつり》と神の存在について何時間でも語りあった。」
「神……ね。」
「あの子にもういちど会いたい。あの子とは、すべてにわかりあえたんだもの。」
「連絡はとれないの?」
「名前すらわからないわ。」
「運命がほんとうにあるならば、いつか会えるわよ。」
 おねえちゃんは、がらにもないことをいった。
「ありがとう。あなたはやっぱりわたしと同じタイプの人間ね。心の奥底に、清らかでだれにも触れられないものがあるの。」
「そ、そうかな?」
「仲間としてこれを受けとって。」
 天音レイコはポケットから、うすもも色の宝石がついている指輪をとりだした。
「これは?」
「バグダラヤっていうの。フィリピンで産出される石で、まだ価値がみとめられてないけど、いまにすごい値段で取引されるようになるわ。」
「そんな大事なものもらえないよ。」
「いいのよ。どうせまた、母の実家からもらうから。」
 結局、おねえちゃんはありがたくいただくことにした。おねえちゃんにとって、物をくれる人はいい人なのだ。
 ふたりは完全に意気投合している。ぼくはどうもスッキリしなかった。
「ね、ね、レイコ。その出演した映画って、なんてタイトルなの?」
「それがわかんないのよ。日本未公開の映画だと思うけど。」
「うーん。なんとか見らんないかなあ。」
「むりよ。チャコ。」
 そういって、天音レイコはころころとわらった。
「それじゃチャコ、私こっちだから。」
「じゃあね、レイコ。」
 天音レイコのモデルのような後ろ姿を見送ってから、ぼくらは歩きだした。
「なんとか見つかんないかなあ。」
「むりだと思うよ。」
 するとおねえちゃんはすこしびっくりしたようだった。
「わっ、ケンジ、あんたいつからいたの?」
 この時、ぼくはちょっとふきげんな顔をしてたと思う。
「おねえちゃん。天音さんの正体をさぐるんじゃなかったの?」
「あ…………。」
 この時のおねえちゃんは、いつもの五割増しでマヌケな顔をしていた。
「いや、そのつもりだったんだけど……インドに行った話をして、誘いをかけたら、レイコはアメリカに行ったって話をして……。」
「それでハリウッドかなんかの話になったの?」
「そ、そー。シャーリー・チャーチの映画に出たとか。」
 ぼくは考えこんでしまった。天音さんというのは、いったいどういう人なんだろう。



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