見てはならないもの





 屋敷の敷地へ足を踏み入れたあと、ぼくたち五人は建物の扉を開いた。
 言いわけじゃないけど、ぼくは反対したんだ。いくらなんでも、ひとさまの家に侵入するのは犯罪だって。だけどみんな好奇心にとりつかれていた。
 特におねえちゃんは、
「怪奇、軍人じーさんの謎がわかるねー!」
 などとコーフンしていたものだ。
「おじゃましまあす……。」
 そのおねえちゃんを先頭に、ぼくらは屋敷に潜入した。ぬきあしさしあしで五人は進んでいく。
 中は薄暗くて外よりずっと涼しい。
 玄関から広いホールに移動してみる。
 こうして見てみると、家の中はそれほど荒れてはいない。古いものだがイスもテーブルもきちんとしていて、まぎれもなく、誰かが住んでいるようだ。
 黒ぶちが右手の部屋のドアをのぞいた。
「こっちにはいない。」
 小声で伝えてきた。
 バスケが左手の部屋のドアをのぞく。
「いない。」
 片手を振った。
「二階なの?」
 美少女が階段を見た。この屋敷は外国映画の館のように、ホールから二階に上がる階段がある。
「まって。まだ奥の部屋があるよ。」
 おねえちゃんが、ホールの先の部屋を指さした。
「あっちはドーム型の屋根の下あたりだね。」
 ぼくはさっき見た天文台のような屋根を思い出していた。
「あたしに続いて。」
 おねえちゃんは勇ましく、みんなを率いて奥へと進んだ。
 奥の部屋のドアは、半分ほど開いていた。
「いた。」
「シーッ!」
 確かにあのじいさんは、その部屋にいた。ぼくらはたちまち五つの顔を、ドアの縁に縦にならべてのぞきこんだ。
 鉄の円筒が天井のドームへ向かって伸びている。長さ八メートルはあるだろうか。といっても望遠鏡ではない。
 それはどう見ても軍事用の大砲だった。下の方は金属製の関節とかリングやパイプなどで複雑に構成されていて、角度を変える装置の上に乗っている。上の方は、灰色の砲身が何メートルも伸びていて、先へ行くほど細長くなっていた。
 ほとんど天井ぎりぎりの巨大なものだ。
 黒ぶちが何か言いたがって口をうごかしているが、言われなくてもわかる。この不気味な古めかしさは、おそらく第二次大戦中の砲だと思う。
 あのじいさんは、砲身を布でふきながら、丸いハンドルをゆっくりと動かしていた。
「ヤバすぎる……。」
 バスケの口から声がもれた。じいさんがこっちを振り返り、とっさにぼくらは隠れて凍りついた。
 みんながじっとしている時、おねえちゃんがひとり後ろのほうへ、すたすたと歩き出した。ぼくらを置き去りにして逃げる気だ!
 あわててバスケが、そして黒ぶちも逃げ出した。もちろんぼくも、美少女の手を引っぱって逃げ出した。
 すたすた歩きが小走りになり、ついに全員、玄関に向かって駆けだした。
 玄関の扉にたどりついたぼくらは、外へ飛び出そうとした。だが、扉は開かない。内側へ開けるのだったかとノブを引いたが、やはりびくともしない。
 バスケがこぶしで扉をたたきだした。つられて他の者も扉をたたいた。だが、扉は開かず、どんどんという音がホールに反響するだけだった。
 ダダダダーン!
 突如、オーケストラの音がホール全体に鳴りわたった。
 ダダダダーン!
 また鳴った。この出だしはベートーヴェン交響曲第五番……
「運命の扉はたたかれたぞ。」
 背後から老人の声がした。
「おまえたちはもう逃げられん。見てはならないものを見てしまったのだからな。」


 数分のち、ぼくらはみなソファーに座って『運命』を聴いていた。
 どこかにオーディオセットがあって、天井の隅にあるいくつかのスピーカーから音楽が流れている。曲はのどかな、そして時どき不安をのぞかせる、ゆったりとした第二楽章だ。
 老人がお茶をいれていた。ごつごつした手を使って、器用にきゅうすから湯飲みに茶をそそいでいる。頑健そうなからだの上に、きたない白髪でおおわれた顔がのっていて、まゆげの下から、ぎょろりとした目がのぞいている。
 ほおもあごもひげでおおわれているが、顔じゅうに深いしわがきざまれているのがわかる。迫力のある四角い顔からは、何を考えているのか、ぜんぜん読み取れない。
「さて、ガキども。ひとりずつ所属と姓名を名乗れ。」
 老人が鋭い目をこっちへ向けた。
 ぼくらは顔を見合わせていたが、老人にひとにらみされて、バスケ少年がしゃべりだした。
「羽根木小学校五年生、宮村トシキ。」
 青ざめた顔でふるえている。それ以上言葉が出ない。
 続いて黒ぶちメガネが名乗った。
「おれは豪徳寺小五年、倉持ユタカだ。なあ、じいさん。あの奥の部屋にあるのは、太平洋戦争の時の高射砲だろ?」
 黒ぶちはユタカという名前だった。高射砲というのは、飛行機を撃ち落とす、あの高射砲だろうか。
「よく知ってるな。いかにもそうだ。わが国最大級の高射砲だ。」
「それがなんで自衛隊じゃなく、こんなところにあるんだよ。危ないぞ、じいさん。」
「おまえの知ったことではない。それからわしのことは、『少尉どの』と呼べ。」
 少尉だって? この人はやはり軍人だったんだ。
 『少尉どの』にふるまわれたお茶をひと口飲んで、美少女が語りだした。
「わたしの名前は一条ユカです。成城小の五年生。これって宇治茶でしょう? とてもおいしいわ。」
 一条ユカはふわりといった。
「確かに宇治茶だが、子どものくせにお茶の味がわかるのか。」
「わかります。狭山茶や静岡茶とは違いますもの。少尉さん、とてもいい御趣味ですね。」
 一条ユカはにっこりと笑った。
 『少尉どの』は気がぬけたように首をふって、ぼくの方を見た。ぼくの番だ。
「ぼくは有馬城小五年、月波ケンジといいます。ねえ、少尉どの。不法侵入したのはあやまるから、ぼくらを家に帰してください……。」
 そこまでいいかけたところで、横からおねえちゃんが出てきた。
「その姉の有馬城中一年、月波久子でえす。チャコって呼んでね! どうも今日は弟が迷惑をかけてごめんなさい。この子ったら勝手に他人の家に忍びこんじゃって、あたし連れ戻しに来たんです。さあ、帰るわよ!」
「痛い、痛い!」
 おねえちゃんはぼくの耳を強く引っぱった。なんというウソツキ。なんという猿芝居。みんなあっけにとられている。
 少尉どのがゴホンとせきばらいした。いつの間にか曲の方は、悲しくて不気味な第三楽章に変わっている。
「わしはウソツキは好かん。なんじゃおまえは。子どものくせに化粧なんぞしおって。」
 いつもはケバいおねえちゃんも、この夏はナチュラルメイクだった。それでも大人には不評だろう(そりゃそうだ)。
「時局風雲急を告げ、国難ここに迫る時に、銃後の守りをになうべき婦女子がなんたるかっこうをしておるのだ!」
 ベートーヴェンの音がとんで、同じところをくりかえした。CDじゃなくて、レコードらしい。
「えーと、何のことでしょう。」
 タンクトップのおねえちゃんは、ポカンとしている。
「きちんとした身なりをしろといっておる。子どもの身で化粧をし、男をまどわすように肌をさらすなど言語道断、モンペをはけ、モンペを!」
 たたみかけられて、おねえちゃんが反抗的な目つきになった。ちょっとまずい。
「何いってんだか。夏は涼しいカッコするのは当たり前でしょ! エコだよエコ。夏なのにクソ暑いカッコしてるやつが冷房きかせて電気をムダ使いすんのよ! あんたみたいなのが地球温暖化の原因になるっての!」
 『少尉どの』は一瞬、気おされたが、すぐに反論した。
「冷房だと! このわしが冷房なぞという軟弱なものを使うと思うているのか。わしは若いころ、それは暑いインドまで行ったんだぞ!」
「へっ、インド?」
「そうだ。皇軍が最も西へ進んだ作戦だ。多くの兵士が英霊となった大作戦である。」
「あ、おれ知ってる。インパール作戦っていうんだろ。」
 黒ぶち――いや、倉持ユタカが目を輝かせた。
「本で読んだけど、補給もろくにない状態で、ビルマを出発してインドを攻撃したんだよね。食料の代わりにたくさんの牛を連れてくという計画だったけど、雨季だったし、牛は進めないし、やたらたくさんの兵士が泥の中で死んでいったって。」
 それを聞いて少尉どのが爆発した。
「おまえなんかに何がわかる!」
 大きな声だったので、ぼくらは飛び上がった。
「ウ号作戦とはなあ……、ウ号作戦とはなあ……。」
 少尉どのは、ウッウッと、おえつをもらした。そしてあきれたことに、声を上げて泣きだしたのだ。
 ぼくらのあいだにシラけた空気が流れた。とりなすように、おねえちゃんが声をかけた。
「ま、ま、おじーちゃん。あたしたちもインドに行ったことがあんのよ。」
「少尉と呼べ。なんだとインドへ?」
「そうなのよ。そこでこれをもらったの。」
 ぼくはギョッとした。おねえちゃんが胸のペンダント、“カウストゥバ”を出して見せている。他人に見せるもんじゃない。
「ほお、美しい緑色じゃな。インド特産の宝石か?」
 六角形の台座の上で、大きな石が落ちついた光をはなっている。
「そりゃあもう、特産も特産、何しろ世界でただひとつの……あいだっ!」
 ぼくはおねえちゃんの足を思いっきりけとばした。それ以上、余計なことは言わなくてよろしい。
「あのう……。」
 バスケ――宮村トシキが、おそるおそるといった感じで口をひらいた。
「オレらは帰れないんでしょうか?」
 ちょっとふるえている。
「ふむ――。」
 少尉どのは威厳をとりもどし、思案するそぶりを見せた。
「おまえたちが、ここで見たこと聞いたことを誰にもしゃべらないと約束するなら、帰してやらんこともない。」
 倉持ユタカと宮村トシキは、「するする絶対する」と誓いまくった。もちろん、ぼくもだ。
「わたしはしゃべるかもしれないなあ……。」
 一条ユカのひとことに、男たちは凍りついた。
「あ、それ言える。ないしょにするって、つらいんだよね。」
 おねえちゃんまで! 空気の読めない人たちだ。
「それでは帰すわけにはいかんな。」
 少尉どのは仁王のような顔をして、ギロリとぼくらをにらんだ。そして「今夜は泊まっていけ」とみんなを二階にうながした。
 ぼくら五人は、少尉どのに追い立てられるようにして、階段を上がった。
 二階の雰囲気も一階とあまり変わらない。古い学校のような木の床に、廊下のいくつかの窓から、傾いた日ざしが強く差しこんでいる。もうすぐ夕暮れだ。
 突如、一条ユカがポケットからケータイを取り出した。
「もしもし。ユカだけど、今夜はミカねえの家に泊まるから安心して。ええ、パパによろしくね。」
 ぼくらはボーゼンとした。
「そ、そのケータイ……。」
 倉持ユタカが何か言おうとするが、ろれつが回らない。
「一一〇番だ!」
「ぼくら監禁されてるって!」
 宮村トシキとぼくがさけんだ。
 だが、一条ユカは気のなさそうな顔で、首を横にふった。
「いやあよ。わたしここが気に入ったんだもん。あのおじいさんも何だかおもしろそうだし。」
 おねえちゃんが身をのりだした。
「ね、ね、ね、そのケータイって、A社の新作じゃない?」
「あらあ、わかりますかあ。先月、買ったんですよお。」
「うらやましー、かわいー。」
「色がいいでしょ。スリムだし……」
「写メしてよ、ね!」
 おねえちゃんが、はしゃいでいる。「写メ」って、おねえちゃんはケータイを持ってないだろう。
 女の子たちはベッドのある部屋を見つけて、入ってしまった。
 男たちは、ふたたびボーゼンと立ちつくした。






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