夏の終わり





 夜があけ、昼近くになって、ぼくは自分のベッドから起き上がった。
 階段をおりていくと、お母さんが声をかけた。
「夏休みだからって、あんまり不規則な生活をしてちゃだめよ。」
「うん。」
 リビングでは、おじいさんが高校野球を見ている。
 投手戦が退屈だったのか、あくびをひとつして、おじいさんはチャンネルを変えた。
 ワイドショーをやっている。ゆうべの池尻の怪事件だ。
 ぼくはテレビを食い入るように見て、大急ぎで、ろうかから階段をかけあがった。
 おねえちゃんの部屋に飛びこむと、まあ、すごい寝相で寝ている。毛布は床に落ち、まくらはあさってに転がり、おねえちゃんは、タコみたいに手足を複雑にからませて、横になっている。
「おねえちゃん、おねえちゃん!」
「んん?」
「ゆうべの事件、テレビでやってる。」
 おねえちゃんは、がばっと、はね起きた。そのまま下着姿で、階段をかけおりていく。
「なんじゃ、チャコ。はしたない。」
 おじいさんはとてもいやな顔をした。パンツとブラジャーだけのかっこうで、おねえちゃんは、じーっとテレビを見た。
 ――犯人と思われる人物は、事件が起こったとき、すでに死んでいることが確認されました。まさに怪事件といっていいでしょう。
 池尻の洋館が映った。火事で全焼している。
 大東亜の地図も、黒板も、戦前の教科書も、竹やりも、拳銃も、そして高射砲も、何もかも灰になってしまったのだ。
 ――続いて、世田谷公園からお送りします。
 画面が世田谷公園に変わった。ぼくもおねえちゃんも、「あっ」と声をあげた。
 あの、アメリカから送られたモニュメントが、むざんに粉ごなとなっている。
 あたり一帯に、砲弾の破片が落ちたらしく、立木は切りさかれ、地面は穴だらけだった。銅像は、かろうじて台座だけ残っているが、それもいくつかに割れていた。
 ぼくは、おねえちゃんの胸の“カウストゥバ”を見た。少尉――、増山権吉さんは、死にぎわに、この宝石にさわったのだ。
 権吉さんと、その父親、増山権太郎少尉の怨念が、そもそもの原因にちがいない。
 世田谷公園一帯には、大量の破片が落ちたらしく、かなりの樹木がなぎ倒されていた。子どもたちに人気のミニSLがあるが、その数百メートルの線路はめちゃめちゃだ。鉄はひん曲がり、切断され、駅に大穴があいている。
 ――SLの復旧の見こみは、まったく立っていません。いったい誰が、こんなむごい事件を引き起こしたのでしょう。
 おねえちゃんは、ぼりぼりと頭をかいた。誰でもない。この人だ。いや、ぼくにも責任はあるのだけど。
 おじいさんが、いやーな顔をして、うなった。
「これではまるで……。」
「まるでなに?」
 おねえちゃんが聞いた。おねえちゃんとおじいさんの目があった。
「空襲のようだといいたいんじゃ。おまえらにはわからん。ええい、あっちへ行け。わしゃ野球を見るんじゃ。」
 おじいさんがチャンネルを変えて、画面は高校野球になった。
 ぼくとおねえちゃんは、キッチンへ行こうとした。そのときテレビから、サイレンの音が聞こえてきた。きょうは終戦記念日だ。
「十二時だよ。おねえちゃん。」
 こくんとうなずいた、おねえちゃんは、黙とうをささげた。ぼくも頭を下げた。もう、皇居のほうをむくことはなかった。


 夏がすぎていく。
 あれから何日もたったけど、警察が事件解明のヒントをつかんだとか、そういう話は全然聞かない。事件は謎のまま終わるんだろう。マスコミの興味も消えてしまった。
 トシキはとっくに田舎に行ってしまっただろうし、倉持君は、きっと難しいITの本でも読んでるのだろう。
 一条ユカはどうしてるかな。お嬢さまとして、やっぱり優雅にふるまっているんだろうな。
 みんなと会うことは、二度とないだろう。もし会ったとしても、その時はとっくにおとなになってるにちがいない。
 ぼくは、夏休みの宿題を完全にかたづけた。ノートを閉じて、遊びに行こうとすると、ろうかでおねえちゃんとバッタリ会った。
「ああ、ケンジ。あんたを呼びに行こうとしてたの。」
「なに? おねえちゃん。」
「なんか、等々力のほうに、謎のお化け屋敷があるんだって。これから真紀ちゃんと探検に行くんだけど、あんたもついてきて。」
「…………。」
「古い洋館でね。中に入った子どもは、二度と出てこないなんて、不気味なウワサもあるんだよ。おもしろいでしょ。」
 おねえちゃんは、おうど色の服と半ズボンに帽子をかぶり、すっかり探検家のかっこうをしている。
「おねえちゃん。そういうのには、もう、かかわらないほうが……。」
「あたし、これを夏休みの自由研究のレポートにするつもりなんだ。時間がないのよ。時間が。」
 おねえちゃんは、むんずとぼくの腕をつかみ、そのまま玄関に出て、ドアを開けた。
 明るい夏の光が差しこんでくる。



     おわり


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 あとがき 2010/06/09
 大砲をぶっ放す話というと、オールドリッチの『悪童物語』(邦題・わんぱく少年物語)があります。私は子どもの頃、この小説が大好きで、何度も何度も読み返しました。大砲を撃つのはその小説の重要なエピソードです。いつかそんな話を書いてみたいと思っておりました。
 『真夏の第九』という言葉を思いついたとき、おお、なんて素晴らしいタイトルなんだ! と、自画自賛したものですが、調べてみると、本当にそんな名前のコンサートがあるみたいですね。夏の夜の第九。いいじゃないですか。考えた人は偉いと思います。
 ミラクルガールのシリーズはこれで三作目ですが、なんかいつもクラシックを使ってます。必ず使うと決めているのではなく、イメージを膨らますのに何となくやってます。一条ユカじゃないですが、夏の夜空に第九を流して大砲を撃ったら、それはもうロマンチックではないですか。えっ、そういう問題じゃない? はた迷惑? そうでしょうねえ……。
 今回もお読みくださりありがとうございました。書き散らかしてるチャコケンの短編もよろしくお願いします。

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