池尻の洋館





 公園を出たおじいさんは、ひろびろとした都営団地の横を通りすぎ、たてこんでいる住宅街へと入っていった。
 おねえちゃんとぼくは、その後をつけ、そしてなぜか、ぼくと同じひもを引っ張った三人までが、一緒についてきた。
「あんたら、どうしてついてくるのよ。」
 おねえちゃんが、口をへの字に曲げた。
「さっきの爆発がなんだったのか、気になるじゃんか。あのじーさん、きなくさいぜ。」
 黒ぶちメガネのオタクっぽいやつが、電柱の影でぼそぼそいった。
「きなくさいって?」
 おねえちゃんも背中を壁につけて、怪しげに進んでいる。
「あのじーさんのしょってるごちゃごちゃしたもの、『はいのう』っていう、大昔の軍用のかばんだ。映画とかドキュメンタリーで見たことがある。この暑いのに、厚ぼったい服を着てるが、あれは軍服だ。それから、足に布を巻きつけてるけど、あれは『ゲートル』という。
 つまりあのじーさんは、昔の軍人みたいなかっこうをしてるんだ。さっきの爆発といい、どう考えても怪しい人だ。」
 メガネの講釈が終わった。みんななるほどという顔をした。
「君はなんでついてくるんだ?」
 ぼくは、そばを歩いている、ひらひらの服とふわふわの髪の、かなりの美少女にきいた。
 ところがその女の子は、ぼくのそばに、ぐーっと顔を近づけてきて、耳もとでささやいた。
「あ・な・た・に・興味があるの。さっきのすごいまぼろしを見たとき、あなただけ理由を知ってるみたいだった。あなたも、あっちのあなたのお姉さん? ふたりとも何だか様子が変だったわ。理由を知りたいのよ。」
 にっこりと美少女がほほえむと、ぼくはどぎまぎしてしまった。
「何を話してんだよー。おまえら、仲良すぎ。」
 その後ろの少年が、なんか本気で不満そうな顔をしている。しゃれたスポーツブランドを、バスケット選手みたいに着こなした、ちょっとキザなやつだ。
 こいつがついてきた理由はなんとなくわかる。
「君もこのまま来るのか?」
「なんだよ、おれだけついてっちゃいけないのかよ。」
 彼はぷいと横をむいた。
 美少女がぼくの腕を引っぱった。
「置いてかれそう。早く行きましょう。」
 ぼくは彼女とくっついて前に進んだ。彼は、「あ、あ、あ、」という声をあげた。要するに彼は、この女の子についてきたのだ。
 おじいさんを見失ったのは、路地を曲がったところだった。その先はなんだかさびしげな感じで、両側の家やアパートがだんだん竹やぶに変わってきた。道は狭くなり、みんなの姿がうす暗くなって、ちょっと心細くなってきたころ、視界が開けてきた。
「天文台?」
 おねえちゃんが声をあげた。
 確かにドーム型の屋根が見える。
 だが、本物の天文台より小さいし、ドームは屋根の一部だけだ。
 やがて木のむこうに建物全体が見えてきた。古い大きな洋館らしい。むかしは立派な建物だったのだろうが、今はお化け屋敷のようだ。
 洋館は、あちこち崩れていて修理されている様子もない。窓のガラスは割れており、茶色いレンガの壁の上を、めちゃくちゃに緑のツタがはっている。屋根まで草ぼうぼうで、ひどい状態だ。
 何より不気味なのは、刑務所のように高いレンガ塀が、ぐるりと周囲をかこんでいることだ。
「ホントにここは池尻なのか? もうちょっと行くと渋谷なんだぞ。」
 黒ぶちメガネが、ぼうぜんとつぶやいた。
「あのおじいさんは、この中だね……たぶん。」
 ぼくの直感はそういっていた。
「すてき……、あたし、こういう家にあこがれていたの……。いかにも何か出そうじゃない?」
 美少女はどこか一本ぬけたことをいった。
「しかし、これからどーすんだよ。」
 バスケファッションの少年が、林の中にある鉄柵の門に手をかけて、がちゃがちゃと鳴らした。内側からかんぬきがかかっている。
「この通り、この先は追跡のしようがないぞ。」
 それはそうだった。鉄柵もそれにつらなるレンガ塀も、高さ五メートルはありそうだ。
「うーむ。こんなところに住んでるなんて怪人だ。」
 黒ぶちは、そうとうあの老人に興味があるらしい。
「出てくるのを張りこんでみるか。」
「あらあ、それより鍵をさがしましょうよ。小鳥さんが教えてくれるかもしれないわ。」
「それは『秘密の花園』。」
 ぼくがツッコミを入れると、美少女が輝くような笑顔でふりむいた。
「そーなの。大好きなのあれ。あなたも?」
 なんといっていいかわからず、答えにこまっていると、バスケ少年が口をひらいた。
「この門には鍵はないぜ。おれがよじ登って、むこうがわへ飛びおりて、かんぬきを外してみる。」
「おい、やめておけ。本当にここにいるか、わかんないぞ。」
「だから行って見てくるさ。」
「ステキ、がんばって。」
「かなり高いぞ。いなかったらどうする。」
「いるってば。」
 ぼくらがごたごた言ってる時に、ピンポーンという音が聞こえた。おねえちゃんが門の横のチャイムを押している。
 みんなあっけにとられた。
“誰だ”
 インターフォンから老人の声が聞こえた。
「毎朝新聞でーす。新聞とってくださいな。」
“いらん!”
 インターフォンが切れた。
「いるみたいだよ。」
 おねえちゃんがウインクした。
「中にいるのは確実なわけか……。」
 黒ぶちが何か考えこんだ。
「よし。こいつを命綱にしよう。」
 黒ぶちがふところから出したのは、除幕式の時の白ひもだった。おねえちゃんは、のけぞった。
「あっきれた。捨ててなかったの?」
「道ばたにゴミを捨てるなんて、公衆道徳に反することはできない。」
 いいながら黒ぶちは、白ひもに石をくくり付けている。次にひもの反対はしを鉄柵の下のほうに固く結んだ。
「ほっ!」
 彼は鉄柵の上に石を投げた。石は白ひもをなびかせながら門を越え、むこうがわの地面に落ちてきた。
「これでよし。」
 黒ぶちはつぶやいた。
 それから、彼は鉄柵の下から手をのばして、白ひもをたぐり寄せ、しっかりとしばりつけた。
「そうか。命綱か。」
 ぼくは感心した。柵のこちらがわと、むこうがわに、白ひもの命綱ができたことになる。
「わあ、頭いいんだ。すっごい。」
 美少女が尊敬のまなざしで黒ぶちを見た。バスケ少年は苦ーい顔をした。
 黒ぶちがいった。
「命綱とはいってもあまり当てにするなよ。ロープじゃないんだ。体重を支えきれないかもしれない。」
「わかってるよ!」
 バスケはうるさそうにさけび、鉄柵を登り始めた。
 場所が高くなってくると、彼はからだと腕に白ひもを巻いた。いざとなったら、これをつかめばいい。
 バスケ少年はどんどん登っていく。
「ねえ……。」
 おねえちゃんが上を見た。
「柵のてっぺんに、電流が流れてるってことはないよね?」
「ぶっ!」
 ぼくと黒ぶちが吹いた。考えてもみなかった。
「あっ、登り切るわ。」
 美少女が指さす方を見ると、バスケがてっぺんに手をかけるところだった。
 どうなるかと思ったが、彼は何ごともなく鉄柵をまたいだ。
「かっこいい!」
 美少女の声にこたえて、彼は鉄柵の上で両手をふった。
 彼はすんなりと柵を乗り越えたが、地面まであと三メートルというところで足をすべらせた。とっさに白ひもをつかんだが、黒ぶちが言ったとおり、体重全部は支えきれなかった。
 ちょっと宙づりになったあと、ひもはビリリと切れ、バスケ少年は腰をしたたか打ちつけた。
「あだあだあだ。」
「だいじょうぶか?」
「な、なんとか。」
 彼は鉄柵の門のかんぬきを外し、ようやく全員中に入ることができた。






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