増山権吉





 結局、少尉は助からなかった。
 かつぎこまれた救急病院は、かなりおんぼろだったが、スタッフは、できるだけ手をつくしてくれたのだと思う。だが、少尉が二度と目を開けることはなかった。
 少尉の親族に連絡しなくてはならないということで、おねえちゃんは、池尻の洋館に電話した。
「そうなんだよ。とにかく連絡先みたいなものがない? え、ある? 木崎礼子……住所は板橋。うん。番号は……」
 ぼくは電話番号をメモった。
 おねえちゃんが、その女の人に電話すると、その人は少尉の妹だということがわかった。すぐにやってくるという。
 病院の前の街灯に、虫が数匹、羽音をたてて飛びまわっている。虫は何度もライトにぶつかり、耳ざわりな音をさせた。
 どんよりとした夏の夜空には星もみえない。とてもむし暑い夜だった。
 おねえちゃんとぼくは、病院入り口の階段に腰かけていた。おねえちゃんは何もいわない。手の中でカウストゥバをころがしている。
 車のライトが近づいてきて、入り口に止まった。中から女の人がおりてくる。おばあさんといったら怒られそうな、背すじのしゃんとした人だ。
「あなたがチャコさん?」
 その人は、おねえちゃんに聞いた。
 おねえちゃんは、うなずいて、頭を下げた。
「どうも、コノタビは……。」
 ドラマかなんかで覚えたんだろう、型どおりのことばであいさつした。
「兄は?」
 あれこれと、おねえちゃんは説明した。少尉はすでに霊安室にうつされている。
「兄に会います。」
 その人、木崎礼子さんといっしょに、ぼくらは霊安室へむかった。木崎さんの、だんなさんらしき人が、いっしょについてきた。
 うす暗い部屋のライトがつくと、横たわって、顔に白い布をかぶせられた少尉のすがたが見えた。
 木崎さんは、そおーっと布をとり、少尉の顔を見た。
 人形のように生気をうしなってはいるが、髪とひげとまゆ毛が白い、よく知っている老人の顔があった。すでに魂がぬけていて、人間であって人間ではない。
「兄さん……」
 もとにもどすと、木崎さんは泣き出した。やはり、だんなさんなのだろう、いっしょに来た男のひとの肩につかまって、ふるえながら立っている。
 おねえちゃんが、ぼくのそでを引っぱった。ろうかに出ろといっているのだ。
 ぼくらが出ていくのと入れかわりに、病院のスタッフらしき人が、書類をかかえて、おっかない顔で入ってきた。
 スタッフは木崎さんに、さまざまな質問をあびせている。患者の名前、生年月日、正確な住所、健康保険、葬儀の予定、お金の問題……などなど。
 しばらくして、スタッフと木崎さんはいっしょに出てきた。スタッフは足音高くろうかを去っていき、木崎さん夫妻はうんざりした顔をしている。
 暗いロビーの一部だけ灯りがついている。ソファーにすわり、ぼくらは木崎さんの話を聞いた。
「増山権吉?」
 おねえちゃんが、冷たい缶コーヒーをにぎりしめ、変な顔をした。
「それが兄の名前です。」
 木崎さんは、うなずいた。
 少尉の本名は、増山権吉というのだ。
「あたしたちは、“少尉”と呼んでました。増山さんがそう呼べといってましたし、軍服姿の写真も見ましたから。」
「兄らしいわ。」
 コーヒーを口にして、木崎さんは続けた。
「“少尉”というのは、私たちの父、増山権太郎少尉のことです。兄は戦争になど行ってません。」
「ええっ!」
 おねえちゃんは、あやうくコーヒーを落っことしそうになった。
「じゃ、じゃあ、あの写真は少尉……いや、権吉さんのお父さん?」
「そうです。兄は父の軍服姿が、とても好きでしたから、大事にしていたのでしょう。」
「はあ〜〜〜〜……。」
 おねえちゃんは、気がぬけたように返事をした。今の今まで帝国軍人だと思ってたひとが、軍人の子どもだったのだ。
 子ども? ぼくはおじいさんの話を思い出した。
「おねえちゃん。大むかし、何十年か前、おじいさんが池尻の洋館で見た子どもっていうのは……。」
「あっ!」
 片手をロビーのテーブルについて、おねえちゃんは立ち上がった。
「男の子と女の子!」
 ぼくらは木崎さんを見た。
「それ、きっと私と兄ですね。」
 木崎さんはさびしそうに笑った。
「あの洋館の中を見ましたか?」
 木崎さんは真剣な表情でおねえちゃんを見た。
 おねえちゃんは、まっすぐに木崎さんを見て、しばらくしてから答えた。
「あ、はい。リビングだけですけど。」
 ウソをついている。何やらカンが働いたのだろう。
「いろいろと変なものがあったでしょう。黒板とか地図とか。」
「ありましたありました。大東亜の地図とか、古い教科書みたいなものとか。」
「やっぱりねえ……。」
 木崎さんは何かあきらめたような顔をしている。
「あの戦争……あ、ごめんなさい。チャコさんにはわからないわね。太平洋戦争、つまり第二次世界大戦が終わったとき、日本は何もかも変わりました。戦争に負けたんですから、当然です。
 きのうまで悪だとされていたものが正しいことになり、正義だとされていたものが悪になってしまったのです。
 学校だって変わりました。それまで教えていたことが、全部うそだとか、まちがいになってしまったのです。軍国主義はなくなり、自由の風が吹きこんできました。
 でも、そんな状況に納得できない人たちもいました。私の父もそうでした。父、増山権太郎少尉は、戦争が終わると私たちといっしょに、あの洋館に引きこもってしまったのです。
 私も兄も学校へ行くことは許されませんでした。そのころ学校では、民主主義の教育がはじまっていたはずですが、私たちは父によって、戦争中の軍国主義教育をたたきこまれたのです。
 兄は父の教育どおりに、立派な少国民になってしまいました。知ってます? 少国民。」
「少尉……権吉さんが、あたしたちのことをそういってました。」
「国をあげて戦争をしていたので、子どもたちも戦争を支えるように、また立派な軍人になれるように、ただ、それだけの人間として教育されていたのです。
 私と兄は、洋館のそばに住んでいる子どもたちと、しばしば口論になりました。教えられていることが全然ちがうのですから、当然です。
 やがて兄はだれともつきあわなくなりました。友だちがひとりもいなくなってしまったのです。でも、わたしは、親しくしてくれる子がいました。それでだんだん、父や兄の教えに嫌気がさしてきたのです。
 ある日、私はついにあの家を飛びだしました。苦労しましたけど、今の主人とも知り合い、なんとか人並みの生活を送れるようになりました。
 子どもも生まれ、静かに暮らしているとき、一応、住所だけ知らせておいた兄から連絡がありました。父の死です。
 父、増山権太郎少尉は二十年ほど前に亡くなりました。誰も参列しない、さびしいお葬式でした。
 驚いたのは、兄が父そっくりになっていたことです。父が兄に乗り移ったのではないかとさえ、思いました。
 それ以来、私は一度もあの洋館に行ったことはありません。私には孫もいます。もうすっかりおばあちゃんです。
 でも、そんなに時間が経ったというのに、今でも日の丸を見たり、君が代を聞いたりすると、ゾッとするのです。」
 時計の音がカチコチと聞こえる。ロビーは静かで、木崎さんはそれっきり何もいわなかった。
 おねえちゃんは、缶コーヒーを飲むことも忘れ、あまりの話にただ、ぼうぜんとしている。
 木崎さんのだんなさんが話しかけてきた。葬儀屋さんに連絡がついたということだ。増山権吉さんの遺体は、板橋の葬儀屋さんに運ばれることになった。
「どうもいろいろありがとうチャコさん。」
 木崎さんはお礼をいって、ぼくらをタクシーに乗せてくれた。そして、運転手さんに一万円札を渡して、池尻の洋館の住所をいった。それはもちろん、ぼくらが“近所の子ども”だと思っているからだ。
 夜の町へタクシーは走りだした。後ろを見ると、ふかぶかとおじぎをしている木崎さんのすがたが見えた。






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