池尻の高射砲





 その部屋は、最初に五人がこの洋館に忍びこんだとき見た、あの高射砲の部屋だった。
 見るのは二度目になるが、やはりすごい迫力だ。砲身は天井まで届くかというほど長く、ハンドルやレバーが複雑に配置された台座が、その威力を感じさせる。
「各員、配置につけ!」
 少尉の号令で、ユカちゃん、トシキ、倉持君の三人が散った。
 倉持君は、金属製の四角いロボットみたいなものに向き合っている。白黒のモニターがあって、そこに文字が表示された。
「風速二・五、風向北北西、気温二十七度、湿度七十六、すべて異常なし。」
 倉持君の報告を受けて、少尉がいう。
「目標、高度一万、方位東北東、最大仰角。」
「了解、方位東北東、ドーム回転します。」
 トシキが壁のハンドルを猛然と回しはじめた。天文台のドームのような天井が動き出し、ゆっくりと回転した。
 目を高射砲にむけると、砲自体も静かに回転している。これはモーターのようだ。
「ドーム回転終了」
「安全装置確認、解除します。」
 ユカちゃんが床近くのレバーを、回してから押しこんだ。
 床の下が見える。砲のまわりが円形の穴のようになっており、不気味な十数個の砲弾が中心をむいて横たわっていた。
「自動装填開始」
 砲弾の一つが台に乗ってせり上がり、あっという間に高射砲の下の部分にうつされる。そのまま砲弾は横にスライドし、てこのようなもので、砲の中に押しこまれた。
「ドームを開けろ。」
「ドーム開きます。」
 トシキが別のハンドルをぐるぐるまわすと、円形の屋根が左右に開いてきた。まぶしい夏の日ざしが差しこんでくる。
「うっ!」
 まぶしさでみんな、目をおおっている。
「ひるむな。続けろ!」
 少尉のことばで倉持君が作業を続けた。
「模擬照準自動追尾、コリオリの力、入力されていきます。計算終了、発射準備完了しました。」
「ようし、ここまでだ! 砲弾排除しろ。」
「砲弾もどします。」
 ユカちゃんがレバーを引いた。
 高射砲の下から、砲弾がもどっていく。装填と逆の手順で床の下へと格納された。
「ドーム閉じます。」
 トシキがハンドルを逆に回し、中がうす暗くなっていく。
「ドーム閉じました。」
「演習終了。ごくろうだった。」
 あせをぬぐいながら、少尉はいった。そのとたん、全員の緊張感がとけて、ふーっというため息が聞こえた。
 おねえちゃんもぼくも、あっけにとられて一部始終を見ていた。悪い夢でも見ているようだ。
「おまえたちは、補助要員だ。ケンジは倉持につけ。チャコは一条について、説明を受けろ。」
 ぼくは、倉持君のいる、金属製のロボットみたいな機械に近づいた。ショックで足がふらついていたかもしれない。
 倉持君はあれこれと熱っぽく説明してくれた。風向や風速のデータは、洋館のもっとも高い、屋根の先にある装置から送られてくるのだそうだ。気温や湿度も、砲を撃つときの、弾道や爆発高度に影響するらしい。
 目標物の動きを観測する機械は、少尉の見ている別の装置で、そこからこっちのロボットみたいな機械にデータが送られてくる。一度照準を合わせることに成功すれば、ある程度は機械が自動追尾するのだと、倉持君は、コーフン気味に語った。ちなみにコリオリの力とは、地球が自転しているために生じる力で、この機械はそこまで計算する。
 それにしてもわからない。どう考えても、これは太平洋戦争中の機械じゃない。モニターのところに、Appleというロゴがある。白黒でおそろしく古いとはいえ、これはコンピュータだ。
 そのことを倉持君にいうと、この砲は、二十年くらい前に大改造されて、今の姿になったのだと、彼は夢中になって話した。
 このあと、演習はもう一度行われた。ぼくは倉持君に教わりながら、モニターの数値を、緊張にふるえながら読み上げた。おねえちゃんは、一条ユカのやったように、安全装置をはずし、砲弾の動きをチェックした。
 開かれたドームがふたたび閉じられたとき、ぼくは大きく息をはいた。本物の砲弾を使っていることが、とてつもない緊張をぼくらにあたえていた。
 演習が終了したのち、少尉がぼくに声をかけた。
「ケンジ。どうも、おまえは腹がすわっとらんようだ。これから度胸だめしをしよう。」
 老人に肩をたたかれたとき、まわりから、クスクス笑いがおこった。
 廊下に出て、むかい側のドアを開けると、そこは細長い部屋だった。ボウリング場のレーンのように、長い空間の先に、黒い人影が見える。ひらべったくて、影絵のようだ。
「これを撃て。」
 少尉はぼくにピストルをわたした。
「こ、これ、本物?」
「本物だとも。」
 白髪の下の目がぎょろりとぼくをにらんだ。これはおそろしく古い拳銃だ。将校が持つような、ドイツ風の形をしている。
「あの、まとをねらって撃て。そのまえに安全装置のレバーを銃口へまわせ。そう、そうだ。」
 ぼくは安全装置をはずしてから、両手で拳銃をかまえた。
「もっと腰をおとせ。息を止めて、静かに引き金を引くのだ。」
 引き金を引いた瞬間、すごい音と、強烈な振動が両手につたわって、ぼくは尻もちをついてしまった。
 あざ笑うような笑い声が、まわりから聞こえてきた。
「情けないやつだ。おい、宮村、手本をみせてやれ。」
 トシキがにやにや笑いながら、ぼくから拳銃を受けとった。
 彼は、映画俳優のように、ごく自然に銃をかまえた。すうっと息をはいて引き金を引くと、かわいた発射音がして、人影のまん中にボコっと穴があいた。
 命中だ。目の前の床に、コツンと薬莢が落ちてきた。
「こうやるんだ。」
 自信まんまんで、トシキがいった。
 おねえちゃんが、少尉に質問した。
「ねえ、少尉。こんな本物の武器を使って、何をしようっての?」
 おねえちゃんは、真剣な顔だ。
「何をするわけでもない。力を所持していることが重要なのだ。八紘一宇の魂を持ちつづけるには、いつでも戦う気がまえが必要だ。そのための武器なのである。」
 白いひげの中の顔が、無表情でこわい。少尉のしわのきざまれた顔が、おねえちゃんをにらみつけた。
 おねえちゃんは、明らかに少尉のことばを疑っている。にらみかえしたおねえちゃんは続けた。
「少尉。みんなを何かに巻きこもうとしてるんじゃないの? もし、そうなら、あたし許さないから。」
 じっと、おねえちゃんは少尉の表情をうかがっている。ふたりのあいだに火花が散っているようだ。
「それはちがうよ、チャコさん!」
 トシキが少尉をかばうように、立ちふさがった。
「おれたちは、この夏でいちばん、やりがいのあることをしてるんだ。こんな真剣になにかをやったのは、はじめてだよ、おれ。」
 みんなの目が、おねえちゃんをにらんでいる。倉持君も、一条ユカも、トシキと同じ思いらしい。
「うまくいえないけど、こんなおもしろいことはないとおれは思う。楽しいんだ。」
 倉持君が率直にいった。
「とびっきりの夏になりそうなの!」
 一条ユカが、よくわからないことをいった。どういうことだ?
「うう……。」
 少尉が胸をおさえてうめいている。
「少尉どの!」
「少尉さん!」
 ほかのみんなが駆けよった。
「なに、なんなの?」
 おねえちゃんの質問にトシキが答えた。
「少尉どのは胸が悪いらしくって、ゆうべも苦しんでたんだ。」
 少尉の顔からあぶら汗がながれ、じきにおさまった。
「気に入らないのなら、出ていってもかまわんぞ。」
 苦しそうな顔で、少尉が微妙な言い方をした。
 ユカちゃんが、おねえちゃんをにらんでいる。
 トシキもユタカもそうだ。おねえちゃんとぼくは、みんなの視線に追われるように、玄関へむかった。



 数分後、おねえちゃんとぼくは、門の外にいた。トシキががちゃりと門にかぎをかけ、さっさと洋館の中へ入っていってしまった。
 青空のむこうから、かすかに声が聞こえてくる。
 ――――ただいま……、世田谷区に……、光化学スモッグ注意報が……、発令されています……。できるだけ……、外へ出ないように……、してください……
 防災無線だ。おねえちゃんとぼくは、駅に急いだ。ふたりとも無言だった。






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