世田谷公園





 世田谷公園のまん中に、なぞのモニュメントが建っている。台座からてっぺんまで、家の二階ぐらいはあるだろう。白い幕をかぶっているから、中身はわからない。夏の日ざしがギラギラと反射して、とってもまぶしい。
 突如、合衆国国家が鳴りひびいた。演奏しているのは、世田谷区立吹奏楽団だ。
 このバカでかい銅像は、吹奏楽団がアメリカの大会で優勝して、その記念に在日米軍から贈られたものだそうだ。なんで在日米軍なのか、ぼくは知らない。演奏した曲は『星条旗よ永遠なれ』だったそうだ。
 今日は銅像の除幕式がある。はじまるのは二時からだ。夏休みにもかかわらず、世田谷中の小学校から代表の生徒たちが集められて、きちんと整列させられている。
 音楽が終わり、えらい人の話がはじまった。
 世田谷区長とか教育長とかが出てきて、日米友好のありがたい話をする。
 長い。
 照りつける太陽と、下からわきあがる夏の熱気。セミの声がシャワーとなって、みんなを苦しめ、ぼくの顔や首から吹き出した汗が、土の上の、まっ黒な影の中へとだらだら落ちた。
 長い話が終わり、またひとりえらい人が台の上で話をはじめた。
「……というわけでして、アメリカ大使のご尽力で、このたびの銅像の贈呈となったわけです。大使は母国へ去られましたが、いつまでも日米友好のあかしとして……」
 長い。暑い。そろそろ誰か倒れるんじゃないかと思ったころ、防災無線からアナウンスが流れだした。
 ――――ただいま……、世田谷区に……、光化学スモッグ注意報が……、発令されています……。できるだけ……、外へ出ないように……、してください……
 ざわざわと声がして、えらい人たちが集まりだした。
 ぼくと数人が呼び出されて、除幕式用の白いひもを持たされた。どうやら式典を終わらせるらしい。
 やじ馬の中から、ぴゅいーーーっ! という、指ぶえが鳴らされて、子どもたちの笑いをさそった。先生たちは苦い顔をしている。
 涼しげなかっこうをした、ショートカットの女の子が手をふっている。あれは、ぼくのおねえちゃんだ。めずらしい銅像が立つといううわさをきいて、見物にきたのだ。ひま人め。
 楽隊のファンファーレが鳴って、ぼくらはひもを引いた。白い幕がはらりと落ちて、台座の上に大きな銅像があらわれた。
「うっ…………。」
 この時、ぼくはへんちくりんな顔をしてたと思う。ぼくだけじゃない。みんなそうだった。
「キモい…………。」
「ビミョー…………。」
 つぶやくような声が、生徒たちのあいだに広がっていった。
 その銅像は三メートルぐらいはあるだろう。
 なんていうか、胸を突きだしたスーパーマンみたいな、たくましいからだに、ドナルドダックのようなくちびるの顔がのっている。冒険家のかっこうをして、両手に拳銃を持っているのだが、はっきりいって、できの悪いアニメのようだ。
 カウボーイの帽子をかぶり、そこだけリアルなふたえの目を、ぱっちりとウインクしている。毒どくしくて、ものすごく気味が悪い。
「うーん。アメリカーン。」
 木陰で木によりかかりながら、おねえちゃんが大きな声をだした。たしかにアメリカンだが、グロテスクっていうのじゃないだろうか。
 誰にいわれるともなく解散となり、生徒たちはてんでに散らばりだした。
 考えてみると世田谷といっても広いんだ。たいていの生徒にとってこの公園は無関係なんじゃないだろうか。ぼくの学校だってここからけっこう離れている。
 さて、ぼくも帰ろうとしたところで、白いひもを持ったままなのに気がついた。そしてぼくの後ろにも、ひもをつかんだまま、どうしていいかわからずにいる生徒が三人いた。
 黒ぶちメガネの少年と、ひらひらの女の子に、バスケ選手みたいなスタイルの男の子だ。
 おねえちゃんが近づいて話しかけてきた。ピンクのタンクトップを着て、下はショートパンツにサンダルだ。涼しさ第一のかっこうをしている。
「あんたら、何、まぬけに突っ立ってるのよ。」
 おねえちゃんは、からかい気味に笑った。
「これ、どうしたらいいかわかんないよ。」
「同じく。」
「そーなの。」
「おれもだ。」
 後ろの三人も同じらしい。
「捨てちゃったら?」
 おねえちゃんは無責任にいう。布地でつくった目立つひもだ。
 ぼくは、おとなをさがした。
「あのーすいません。これどうしましょう。」
 通りがかりの先生らしき人にぼくは聞いた。
「あー、てきとうに……。」
 その人はごにょごにょとつぶやき、教師にあるまじき態度で行ってしまった。
 式典はすっかり終了し、ぼくとおねえちゃん、後ろの三人が銅像の前に取りのこされた。
 まだセミの鳴き声がする。ニイニイゼミだろう。「ジィィィィィィィィ……」としつこく鳴いている。
 無言で立っているぼくらの前を、一人のおじいさんが横切った。
 つえを突いて、山にでも登るようなすがたをしている。登山帽みたいな帽子をかぶり、顔はよくわからない。
 その人は、例の変な銅像の前に立つと、台座の「United States of America」という文字の上に片手を置いて動かなくなった。
 ぼくはそのおじいさんをじっと見た。おねえちゃんもそのようだ。なんだか知らないが、見ずにはいられなかったのだ。ぼくはなんとなく、銅像のほうから、暗い感情のようなものを感じていた。
 やがて、セミの声がしなくなり、シーンと静かになった。
 その時、ぼくの口から、あの“音声”が流れ出たのだ。
「オーーーーン……ナマッシヴァーヤ・マハーカーラ(大黒天)・スヴァーハー……」
 意識して口にしているのではない。この神聖な音声は、自然に口から出てくる。
 おねえちゃんの胸のペンダント、“カウストゥバ”が、緑色に怪しく光った。
 まちがいない。おじいさんから、何かが流れ出している。それは憎悪というか、憎しみの感情だ。黒い色が周囲の空気をそめて、見る見る広がってくる。
 やがてその感情は荒あらしい物騒なものとなり、大きな波となって押し寄せてきた。嫌悪と怒り、おしはかれないほど深く強い感情が、強烈な津波となってぼくを飲み込んだ。いや、圧倒的にそんな風に感じられた。
 突然、ものすごい爆発音とともに、黄色い閃光が走った。あまりの衝撃にぼくは耳をふさいだが、次の瞬間、熱波がおそってきた。銅像とあたり一帯に、煮えたぎる炎の柱がそそり立ち、何もかも炸裂してバラバラに飛び散る映像が、ぼくの目の前いっぱいに広がった。
 鼓膜が破れるかと思う轟音が、二度、三度と続く。
 ――逃げなくちゃ!
 ぼくが思ったとき、おねえちゃんが、ぼくをかばって、いっしょに地面に倒れこんだ。頭の上を熱い爆風が吹いていく。振動が地面をつたわってきて、やがて静かになった。
 また、セミが鳴いている。
 何ごともなかったかのように、木の葉のあいだから、夏の日ざしが静かにふりそそいでいる。
 いつもと変わらない、明るい青空だ。
「あ、あれ?」
 おねえちゃんが、からだを起こした。
「今のは?」
 ぼくに聞かれてもわからない。まわりの風景は、まったくもとのままだった。もちろん、銅像もそのままだ。
「ふたりそろって幻覚? 何だろう。あ……。」
 おねえちゃんは胸のペンダントを見た。宝石が、うっすらと緑色に光っている。
「おねえちゃん。夜でもないのに“カウストゥバ”が光ってるよ。今のは、あのおじいさんの心の中なのかも……。」
「げげ、あのじーさん、爆弾テロでもやるっての?」
 おねえちゃんが、宝石をにぎりしめてびびった。
「わかんないよ。でも、あのおじいさん、要注意だ。」
 そこまで話したとき、ぼくらのまわりに、いっしょにひもを引いた三人がひっくり返ってるのに、気がついた。メガネ少年と、ひらひら少女と、バスケ少年だ。
「なんだよ、今のスペクタクル映像は……。」
「こわい、こわいわ!」
「あうあう……。」
 みんなショックを受けている。たぶん、この、“カウストゥバ”のちからが、近くの人間に作用したのだろう。
「あの人、何者なんだろう。」
 おねえちゃんは胸のペンダントをにぎりしめた。
 おねえちゃんには、普通の人にはない不思議な力がある。インドに旅行したとき、旅のお坊さんにもらった謎の宝石で身につけたのだ。正確に言うと、もらったのはぼくで、おねえちゃんは横取りしたのである。
 だから、おねえちゃんが力を発揮するには、ぼくの協力が必要だ。

※作者注 このあたりは「おねえちゃんはミラクルガール」をお読みください。





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